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社会的うつ病-1

2012年09月24日

今号より、『「社会的うつ病」治し方 人間関係をどう見直すか』斉藤環著(新潮選書)を紹介します。斉藤環さんは、ひきこもりの治療で著名な精神科臨床医ですが、そこで有効だった視点をうつ病にも取り入れることができる、と論じています。ひきこもりもうつ病も、現代の、特に若者の、生きにくさとして、共通の下地を持っているのでしょう。

 新しいタイプのうつ病が増えた、とよく言われるようになりました。しかし、その「新しさ」に対してどう対処するのかという方法論については、どうもよくわからない。本を読んでみても、書いてあることは古いタイプのうつ病への対処法とあまり変わらないような気がします。薬と休養がメインでせいぜいSSRIのような新薬の効果が羅列されているくらい。もちろんこういった、従来からのオーソドックスな手法で治っていく患者さんも大勢います。しかし、問題はこれだけではなかなか回復に至らないケースもまた、少なくないということです。筆者は、この回復しにくいグループの特性こそが、「新しいタイプ」の特性に重なるように感じる、と言います。
 彼らの症状は、かつての重いうつ病患者に比べれば軽いものかもしれません。しかし彼らは、いまだに社会の無理解に苦しめられています。うつ病の本をひも解いてみても、そこには「未熟」とか「甘え」とか「逃避」といった言葉がちらほらと書かれていて、それは必ずしもその著者の意図通りではないにせよ、まるで自分が病気になったことを責められているように感じてしまいます。ただでさえ自分自身をうまく愛することができない彼らにとって、この状況が八方ふさがりに思えたとしても不思議ではありません。
 その一方で、彼らを支える家族の苦しみもあります。うつ病の治療には時間がかかります。仕事や学校に行けなくなって自宅で過ごす彼らを支えるのは、両親や配偶者、あるいは子どもなど、彼らの家族しかいません。一言で支えるというのは簡単ですが、家族の苦労もまた、並大抵のものではないのです。
 見た目は健康そうなのに、「うつ病」と診断されているので、医者の言うとおりに励ましたり叱ったりせずに、腫れ物に触るように扱わなければならない、不規則でだらしのない生活も、わがままにしかみえない要求も、できるだけがまんして呑んできた。なのに、ちっとも良くならない。本人の状態は「甘え」や「わがまま」とどう違うのか。こんなことを続けていって、本人がますます増長していったら、治るものも治らないのではないか。比較的軽症であり、見かけ上はしばしば五体満足で元気な人にしか見えないがために、彼らの苦しさは家族にすら十分理解されません。
 彼らはよく「仕事中はうつになるくせに、遊ぶときだけは元気になる」などと批判されます。確かにそういうふうに見えてしまうのも事実でしょうが、「ストレスの少ない活動はこなせるが、ストレスが高まると難しくなる」と言い換えてみれば、それも当たり前のことです。にもかかわらず、「病気か怠けか」が常に問題にされるということ、精神科医にすら、単なる甘えとみなされてしまい、治療の対象ではないという判断を下されがちであること。こうして考えていくと、いま若いうつ病患者のおかれている立場は、ひきこもりの事例のそれと構造的にも似通っています。
 
 そして、長年「ひきこもり」の臨床に関わってきた著者は、ひきこもりの回復過程と同様、うつ病においてもその回復過程における人間関係のありようが、極めて大きな意義を持っていると言います。そして、治療の中でいかにして人間関係を活用していくか、ということを最も重要視します。

 本書では、うつ病の薬のことや身体的な治療といったオーソドックスな治療についてはあまり触れてはいません。うつ病の治療において、人間関係がどんな意味を持っているか、そのことだけが書かれています。著者はそれを「人薬(ひとぐすり)」と呼び、人薬の効用についての本なのです。「人薬」は「自己愛」を補強し、それを通じて「レジリアンス」(回復能力、と訳されます。こころの強さについて考える上でキーワードとなり、また、次号で詳しく取り上げます)を高める効果を持っています。著者のうつ病臨床では、この視点はすでに必要不可欠なもので、また、こうしたうつ病の考え方を理解しておくことは、当事者のみならず、当事者を支える家族のかたがたにとっても多くの場面で役に立っています。

 この「人薬」となる人間関係の持ち方や体験の仕方には、「ひきこもり」や「うつ病」となってしまってからだけではなく、「ひきこもり」や「うつ病」になりにくくなるためにも、きっと役に立つ考え方だろうと思います。次号からは、具体的に「人薬」のなかみについて、紹介したいと思います。


みんなのなやみ4

2012年09月24日

今号も、引き続き、重松清著『みんなのなやみ2』(理論社)をご紹介します。「五章 親だってなやんでいる」に寄せられた、「自分の子どもを守りたい」という相談の続きをみていきましょう。もう一度、相談内容を記します。




相談:中1の娘がいます。最近、学校でいじめられているようなのです。娘のジャージに靴の跡がついていたり、一度、プリントにひどい言葉を書かれているのも、偶然なのですが娘の部屋で見ました。娘は「なんでもないから」と言って、がんとして学校でのことを話してはくれないのですが、娘を守ってやりたく、しかし、夫も単身赴任中で、私自身、身近に相談できる人もおらず、どうしていいのかわかりません。親としてどのようなことをすべきなのでしょうか。ご相談させてください。         (Yさん 39歳 主婦)




前号では、子育てにとって大事なことのひとつとして、お父さんとお母さんの親としてのスタンスを協同してしっかりともつということ、を紹介しました。
それでは、ふたつめです。重松さんは、子どもを守るとき、子ども自身のプライドも守ってあげたい、ということも強調されます。

・・・Yさん(相談者であるお母さん)が子どもを守ってやりたいと願う、それが心の底からの気持ちであることは、ぼくにも痛いほどわかります。ただ、具体的に「守る」といった場合、一つは、現実的に子どもが受けているかもしれないいじめから守る、被害者である立場から救い出すということがありますが、必ず忘れてはならないことがもう一つある。子ども自身の「プライド」を守る、ということです。これは、どうか心にとめておいてください。
いじめとは、それを受ける子どもの自尊心や誇りを奪い、存在意義を決定的に踏みにじるものです。Yさんの娘さんが、学校でほんとうにいじめにあっているとしたら、教室でのプライド、友だちの中での彼女のプライドは、大きく傷ついているということは想像に難くない。娘さんにとっては、じつは我が家が唯一、残されたプライドを保てる場所になっているかもしれないのです。
おとなはよく、「どうしていじめられていることを親に言わないの?」と子どもを問いただすけど、学校という大きな社会でプライドを踏みにじられていることを打ち明けてしまったら、「親に対するプライド」という最後の砦を子どもは自分から捨てなくてはならなくなってしまいます。いつも元気で明るい我が子というという親の期待だけは、どうかして裏切りたくはない。せつないくらいにそう願っているのが、子どもという存在なんです。
いじめがエスカレートして、たとえ心身ともに取り返しのつかないダメージを受けたとしても、だからこそ唯一残された家庭でのプライドを守ろうとするあまり、自分が生きて我慢ができる限界まで、かたくなに沈黙を守ろうとする子どもだっている。親は、子どもの様子に感じるものがあれば、学校と連携して少しでも詳しい情報を得るようにしよう。そのうえで、子どもが必死で保っているプライドを崩さずにいられるよう、かわいそうだとか、ひどい目にあってつらいだろうとかいうことは、あまり言い過ぎないようにしてほしい。
子どものプライドについてもう少し話を広げると、中学生というのは、親の目からすれば、まだまだ小学生の延長というふうに見えてしまうのかもしれない。でも、子どもは親が考えているよりも成長していて、自分自身の力でなんとかしなきゃいけない、親には自分の弱いところは知られたくないというプライドを、確実に育てているものなのです。そこは、うまくわかってあげたい。子どもを守ろうとするあまり、子どものいちばん根っこにあるプライドを親が理解できなかったら、外でのいじめとはまた違う、深い傷つき方をしてしまうと思うのです。
成長した子どもにとっては、親から頭ごなしに何かを決めつけられるのが、一番いやなことなんだ。いつまでも子どもではない。でも、一人で解決できるほど大人でもない。その距離感をはかるのはほんとうに難しいことだけど、子どもを守る気持ち、でも子どものプライドに土足で踏み込まないでいようとする態度は、親の方も、うまくバランスを取っていきたい。
今の話はすべて、親としてのぼく自身にも向けて語りました・・・

思春期の子どもに対するとき、大切なことの一つとして、心にとめておきたいことです。
本書は重松さん流の「なやみの背負い方」「なやみを背負うコツ」が愛情深い言葉で語られており、読まれましたら、きっと親子ともども、どこか楽になれるのではないでしょうか。重松さんの小説もおすすめです。


みんなのなやみ3

2012年09月24日

今号も、引き続き、重松清著『みんなのなやみ2』(理論社)をご紹介します。「五章 親だってなやんでいる」に寄せられた、「自分の子どもを守りたい」という相談です。




相談:中1の娘がいます。最近、学校でいじめられているようなのです。娘のジャージに靴の跡がついていたり、一度、プリントにひどい言葉を書かれているのも、偶然なのですが娘の部屋で見ました。娘は「なんでもないから」と言って、がんとして学校でのことを話してはくれないのですが、娘を守ってやりたく、しかし、夫も単身赴任中で、私自身、身近に相談できる人もおらず、どうしていいのかわかりません。親としてどのようなことをすべきなのでしょうか。ご相談させてください。         (Yさん 39歳 主婦)




重松さんは、お返事の中で、学校の担任の先生と丁寧に情報交換をするところから始められたら、と具体的かつ現実的なやり方を教えてくれますが、その他に子育てにとって大事なふたつのことを示してくれています。

ひとつ。
…ぼくが少し気になったのは、「夫も単身赴任中で…身近に相談できる人もおらず」という個所です。いじめは、子どもにとって人生最大のピンチです。自分の自尊心や、属する世界での存在意義というものを、理不尽に踏みにじられ、揺るがせられるのがいじめなんです。我が子がそんな危機に直面しているのに、母親が父親に何も言わないというのは、やっぱり、おかしいと思います。電話やメールもある。ファックスでもいい。直接会いに行くことだって可能でしょう。自分が家庭をまかされているのだから、単身赴任中の夫には心配をかけたくないというあなたの気持ちもわかりますが、その気遣いのために、もっと大きく取り返しのつかない状況になって初めて、「じつは娘が…」とあなたから打ち明けられたら、お父さんだってショックだと思います。
ぼくはかつて、全国の単身赴任のお父さんたちを訪ね歩いたルポタージュを書いたことがありますが、そのときに印象深かったのが、単身赴任によって、逆に自分の子どもとの心理的な距離が縮まったという人が多かったこと。一つ屋根の下ではなく、別々の街に暮らしていることで、かえってお互いを思いやっていろいろな手段でやり取りをし、関係を大切にするようになったというのです。Yさんの娘さんも、今は学校のことをかたくなに沈黙しているということですが、もしかしたら目の前にいないお父さんからの問いかけ、呼びかけに対しては、素直に打ち明ける可能性だってあるかもしれないんです。その可能性は、最初から摘んでしまわない方がいい。Yさんだって、誰にも相談できないでどんどん苦しんでいくことになるのは、絶対にいけない。
厳しいことを言いますが、Yさんのその姿勢は、子どもにとっていちばんのマイナスになってしまうと思うのです。いじめの可能性があるからこそ、夫婦でじっくりと話し合い、親としてのしっかりとしたスタンスを持つ必要が絶対にある。それこそ、万が一の場合は転校させることも辞さないという考え方であるとか、あるいは子どもから打ち明けてくるまでは注意深く様子を見守るとか、考え方はさまざまにあり得るとは思いますが、まずは夫婦で考えを一致させておく。同時に、学校の先生に対しては、家庭と学校とで情報を共有しておく必要をしっかりと訴えて、コンセンサスを得ておくのです。
ほんとうなら頼りにできるおとなたちのはずなのに、父親は何も知らず、母親は状況にどう立ち向かえばいいのか分からずにただ動揺しているだけなんて、子どもにとってはつらすぎます。どうしてお母さんに話してくれないのかと迫っても、確固たる姿勢が何も決まっていないところへ向けて何をどう打ち明ければいいのか、子どもだって混乱するだけだというのが、正直なところだと思うのです。

今号では、子育てのなやみにおいて大事にしたいことのひとつめを紹介しました。次号では、ふたつめ、子どもを守るとき、子ども自身のプライドも守ってあげたい、というお話を紹介したいと思います。


みんなのなやみ4

2012年09月07日


今号も、引き続き、重松清著『みんなのなやみ2』(理論社)をご紹介します。「五章 親だってなやんでいる」に寄せられた、「自分の子どもを守りたい」という相談の続きをみていきましょう。もう一度、相談内容を記します。














相談:中1の娘がいます。最近、学校でいじめられているようなのです。娘のジャージに靴の跡がついていたり、一度、プリントにひどい言葉を書かれているのも、偶然なのですが娘の部屋で見ました。娘は「なんでもないから」と言って、がんとして学校でのことを話してはくれないのですが、娘を守ってやりたく、しかし、夫も単身赴任中で、私自身、身近に相談できる人もおらず、どうしていいのかわかりません。親としてどのようなことをすべきなのでしょうか。ご相談させてください。         (Yさん 39歳 主婦)




 

 

 


 


 


 


 


 


 


 


 




前号では、子育てにとって大事なことのひとつとして、お父さんとお母さんの親としてのスタンスを協同してしっかりともつということ、を紹介しました。


 それでは、ふたつめです。重松さんは、子どもを守るとき、子ども自身のプライドも守ってあげたい、ということも強調されます。


 


・・・Yさん(相談者であるお母さん)が子どもを守ってやりたいと願う、それが心の底からの気持ちであることは、ぼくにも痛いほどわかります。ただ、具体的に「守る」といった場合、一つは、現実的に子どもが受けているかもしれないいじめから守る、被害者である立場から救い出すということがありますが、必ず忘れてはならないことがもう一つある。子ども自身の「プライド」を守る、ということです。これは、どうか心にとめておいてください。


 いじめとは、それを受ける子どもの自尊心や誇りを奪い、存在意義を決定的に踏みにじるものです。Yさんの娘さんが、学校でほんとうにいじめにあっているとしたら、教室でのプライド、友だちの中での彼女のプライドは、大きく傷ついているということは想像に難くない。娘さんにとっては、じつは我が家が唯一、残されたプライドを保てる場所になっているかもしれないのです。


 おとなはよく、「どうしていじめられていることを親に言わないの?」と子どもを問いただすけど、学校という大きな社会でプライドを踏みにじられていることを打ち明けてしまったら、「親に対するプライド」という最後の砦を子どもは自分から捨てなくてはならなくなってしまいます。いつも元気で明るい我が子というという親の期待だけは、どうかして裏切りたくはない。せつないくらいにそう願っているのが、子どもという存在なんです。


いじめがエスカレートして、たとえ心身ともに取り返しのつかないダメージを受けたとしても、だからこそ唯一残された家庭でのプライドを守ろうとするあまり、自分が生きて我慢ができる限界まで、かたくなに沈黙を守ろうとする子どもだっている。親は、子どもの様子に感じるものがあれば、学校と連携して少しでも詳しい情報を得るようにしよう。そのうえで、子どもが必死で保っているプライドを崩さずにいられるよう、かわいそうだとか、ひどい目にあってつらいだろうとかいうことは、あまり言い過ぎないようにしてほしい。


 子どものプライドについてもう少し話を広げると、中学生というのは、親の目からすれば、まだまだ小学生の延長というふうに見えてしまうのかもしれない。でも、子どもは親が考えているよりも成長していて、自分自身の力でなんとかしなきゃいけない、親には自分の弱いところは知られたくないというプライドを、確実に育てているものなのです。そこは、うまくわかってあげたい。子どもを守ろうとするあまり、子どものいちばん根っこにあるプライドを親が理解できなかったら、外でのいじめとはまた違う、深い傷つき方をしてしまうと思うのです。


 成長した子どもにとっては、親から頭ごなしに何かを決めつけられるのが、一番いやなことなんだ。いつまでも子どもではない。でも、一人で解決できるほど大人でもない。その距離感をはかるのはほんとうに難しいことだけど、子どもを守る気持ち、でも子どものプライドに土足で踏み込まないでいようとする態度は、親の方も、うまくバランスを取っていきたい。


 今の話はすべて、親としてのぼく自身にも向けて語りました・・・


 


思春期の子どもに対するとき、大切なことの一つとして、心にとめておきたいことです。


本書は重松さん流の「なやみの背負い方」「なやみを背負うコツ」が愛情深い言葉で語られており、読まれましたら、きっと親子ともども、どこか楽になれるのではないでしょうか。重松さんの小説もおすすめです。 




みんなのなやみ3

2012年08月31日


今号も、引き続き、重松清著『みんなのなやみ2』(理論社)をご紹介します。「五章 親だってなやんでいる」に寄せられた、「自分の子どもを守りたい」という相談です


相談:中1の娘がいます。最近、学校でいじめられているようなのです。娘のジャージに靴の跡がついていたり、一度、プリントにひどい言葉を書かれているのも、偶然なのですが娘の部屋で見ました。娘は「なんでもないから」と言って、がんとして学校でのことを話してはくれないのですが、娘を守ってやりたく、しかし、夫も単身赴任中で、私自身、身近に相談できる人もおらず、どうしていいのかわかりません。親としてどのようなことをすべきなのでしょうか。ご相談させてください。         (Yさん 39歳 主婦)



重松さんは、お返事の中で、学校の担任の先生と丁寧に情報交換をするところから始められたら、と具体的かつ現実的なやり方を教えてくれますが、その他に子育てにとって大事なふたつのことを示してくれています。


 


ひとつ。


…ぼくが少し気になったのは、「夫も単身赴任中で…身近に相談できる人もおらず」という個所です。いじめは、子どもにとって人生最大のピンチです。自分の自尊心や、属する世界での存在意義というものを、理不尽に踏みにじられ、揺るがせられるのがいじめなんです。我が子がそんな危機に直面しているのに、母親が父親に何も言わないというのは、やっぱり、おかしいと思います。電話やメールもある。ファックスでもいい。直接会いに行くことだって可能でしょう。自分が家庭をまかされているのだから、単身赴任中の夫には心配をかけたくないというあなたの気持ちもわかりますが、その気遣いのために、もっと大きく取り返しのつかない状況になって初めて、「じつは娘が…」とあなたから打ち明けられたら、お父さんだってショックだと思います。


 ぼくはかつて、全国の単身赴任のお父さんたちを訪ね歩いたルポタージュを書いたことがありますが、そのときに印象深かったのが、単身赴任によって、逆に自分の子どもとの心理的な距離が縮まったという人が多かったこと。一つ屋根の下ではなく、別々の街に暮らしていることで、かえってお互いを思いやっていろいろな手段でやり取りをし、関係を大切にするようになったというのです。Yさんの娘さんも、今は学校のことをかたくなに沈黙しているということですが、もしかしたら目の前にいないお父さんからの問いかけ、呼びかけに対しては、素直に打ち明ける可能性だってあるかもしれないんです。その可能性は、最初から摘んでしまわない方がいい。Yさんだって、誰にも相談できないでどんどん苦しんでいくことになるのは、絶対にいけない。


 厳しいことを言いますが、Yさんのその姿勢は、子どもにとっていちばんのマイナスになってしまうと思うのです。いじめの可能性があるからこそ、夫婦でじっくりと話し合い、親としてのしっかりとしたスタンスを持つ必要が絶対にある。それこそ、万が一の場合は転校させることも辞さないという考え方であるとか、あるいは子どもから打ち明けてくるまでは注意深く様子を見守るとか、考え方はさまざまにあり得るとは思いますが、まずは夫婦で考えを一致させておく。同時に、学校の先生に対しては、家庭と学校とで情報を共有しておく必要をしっかりと訴えて、コンセンサスを得ておくのです。


 ほんとうなら頼りにできるおとなたちのはずなのに、父親は何も知らず、母親は状況にどう立ち向かえばいいのか分からずにただ動揺しているだけなんて、子どもにとってはつらすぎます。どうしてお母さんに話してくれないのかと迫っても、確固たる姿勢が何も決まっていないところへ向けて何をどう打ち明ければいいのか、子どもだって混乱するだけだというのが、正直なところだと思うのです。


 


 今号では、子育てのなやみにおいて大事にしたいことのひとつめを紹介しました。次号では、ふたつめ、子どもを守るとき、子ども自身のプライドも守ってあげたい、というお話を紹介したいと思います。



  • 過日より充足していました男子寮ですが、空き部屋の調整ができましたので、相談させていただきました方から、ご希望があれば順に九月十三日(水)以降から受け入れをさせていただきます。

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