校内ピカピカ作戦(2)

2020年10月29日

20日15時50分より約1時間、6名の生徒と7名の職員で生徒用の玄関の清掃を行いました。蜘蛛の巣、窓ガラスの汚れ、溝、下駄箱の中等細かい所に目を配り清掃しました。6名の生徒は強制的に参加したのではなくまったく自主的に参加しただけあって真剣に取り組んでいました。学園に来る前は家庭で悩み苦しんでいたとは思えません。改めて子ども達の無限の可能性を目の当たりに感じました。
 私がトイレ掃除に関わったのは中学2年生の時でした。学級役員を決める時、トイレ掃除をしなければならない美化委員の選考が難航していました。私は選ばれたくないのでうつむいて隠れるようにしていました。しかし「北浦君がいいと思います」と声がかかり、みんなの大きな拍手が起こりイヤイヤ引き受けることになりました。毎週1回のトイレ掃除は好みませんでしたが、どうせやるなら一生懸命にしようと心に決め頑張りました。しかし一生懸命磨いても臭いが取れませんでした。小便器のめざらをとって見ると裏側が真っ黒になっており臭いの根源はこれかなと思いブラシで擦って見ましたが簡単に取れそうにもありませんでした。次の日、陸上部の練習が終わってから誰にも見つからないようにしてめざらの裏側を擦り始めました。毎日続けると少しづつ取れだし内心何か喜びのような感じが出てきたのを覚えています。結局白くなるには3カ月かかりましたが心に新鮮ななにかを感じたものです。しばらくして実力テストの結果を一人づつ受取りにいかねばならないことがありました。私は当時勉強にはあまり力を入れてなく成績はよくありませんでした。きっと先生は「こんな成績では高校へいけないぞ」と言われると覚悟をしていました。いよいよ順番がやってきて緊張していると先生は「北浦君、君はどんな立派な大人になるか先生は楽しみにしている」と言われ成績のことは言われませんでした。先生は毎日隠れてトイレ掃除をしていたことを知って見えたのです。私は勉強しなければと思い高校受験に力をいれていきました。先生のその「一言」は今も私の財産として生き続いております。


校内ピカピカ作戦(1)

2020年10月22日

10数年前より自主的に早朝より、トイレ・ゴミ収集・廊下等の清掃が行われています。最近は毎日10数名の寮生が藤橋学舎の清掃を続けています。しかし残念なことにやや形式され、私が望んでいる「清掃による自分つくり」への思いが薄れてきたように思うようになりました。そこで寮生に、卒業式まで校内をピカピカにしようと呼びかけたところ高校生4名、中学生が2名手を挙げてくれました。毎週火曜日の放課後短時間ではありますが生徒とともに清掃についての話し合いを始めました。
 まず、いろいろなところで話題になっております自動車部品の販売店イエローハットと近くのスーパーマーケットのトイレを見せていただきました。生徒の鋭いまなざしは清掃後のトイレは刺激的でした。本日その結果を模造紙に書き廊下に掲示してくれました。
 私は悩みを抱え家で閉じこもっていなければならなかった生徒が自主的に清掃に目を向けてくれたことに感激しております。これから彼らと校内ピカピカ作戦を進めていきたいと覚悟を新たにしております。


愛犬ごんの死

2020年09月05日

18歳2カ月いろいろな人に可愛がられ7月30日旅立っていきました。雑種で6匹生まれた中で一番弱々しい子犬でしたが何となく可愛げがあり我が家の一員としてもらい受けました。きっとおっぱいをもらう生存競争に負けていたのか、餌を差し出すと顔を引きつり唸っていました。大きくなっても、私と姪には吠えませんでしたが他人だと噛みつかんばかりに吠えていました。藤橋学舎では卒業生の一人と職員の方がおやつをあげようとした時、タイミングが合わなかったのか噛みついてしまいました。その時は保健所へ連れて行こうと思ったのですが学園生が反対してくれ、思い止まったこともありました。ある時、私がおやつを与えようとした時も顔をゆがめ引きつらせ唸ってきました。私は腹が立ち、傘と足でごんを叩きつけました。それを見ていた、今はトリマーとして活躍している女の子がちょっと怒ったような顔で「先生そんなことしたら、なお性格が悪くなるよ、もっと優しくしてあげなければ」と忠告してくれました。それからは私は心を入れ替え優しさに気をつけました。また、何人かの職員の方は出勤時におやつを持ってきてくれました。ごんは見事にその方々の車を認識し吠えていました。また保護者の方の中で学園にお見えになられた時、帰り際にごんに話を聞いてもらい癒されましたというお話を聞きました。放課には数人の女の子たちがごんを囲んで可愛がってくれている光景をいつも見ることができました。亡くなる前日も遅くまで撫でてくれていました。亡くなった当日その女の子たちは涙を流し泣いて別れを惜しんでくれました。
 女子たちが中心になりごんの写真集を作成し学園長室の前に掲示してくれました。そこにはごんにへの思いが述べられています。「ごんちゃんを見ると元気をもらえました。これからも私たちを見守ってください。」「今までありがとう。ごんちゃんとすごした時を忘れないよ」「いつもかわいくて元気いっぱいくれてありがとう。」「あなたは学園のそして学園長のかけがえのない番犬でした。これからは神として見守ってくださいね。」「いつもそっと来てお話を聞いてくれてありがとう。天国でも元気でかわいいごんちゃんでいて下さい。」・・・・・・
 後半の数年間は性格が穏やかになり、顔を引きつらせ吠えることもなくなりました。多くの方々の愛情をいっぱいもらい吠えなくてもよい生活を送れることができたのはごんにとっては何よりの幸せだったと思います。私も感情と力でことをなしてはいけないとごんの死に際し改めて心に深く刻みました。
 私はこれまで猫と3頭の犬を飼ってきました。いつかは死を迎えなければならないのですが学園生の温かい見守られ逝ったごんの死を一つ区切りとしていろいろなことを思い出しむ歩んで行こうと思いをめぐらしているこの頃です。   


私の教師観(1)

2018年11月28日

 私の小学校は金沢市郊外の1学年1クラスの田舎の学校でした。私は5月生まれでしたので1年生当初は比較的機転が利いたのか勉強はほとんどしませんでしたがどちらかと言えば学習には問題なくついていけました。今から考えると多動的な傾向がありじっと座っていることができず、授業中「先生、おしっこ」と言い教室を抜け出したものです。学校には5年生の担任で音楽の先生が見えました。その先生はすぐに手が出る怖い先生でしたが私とは馬が合うというか甘えることのできる先生でした。教室を抜け出すといつも5年生の教室に遊びに行きました。先生は「おお、北浦よく来たね。そこに座っとれ」と言われ5年生の一員になり授業に参加させてもらっていました。飽きると「もう帰る」と言うと「またお出で」と言われ自分の教室に帰りました。そんな事が許される学校でした。
 私は相変わらず勉強は一切せず遊びほうけていたので成績は下降線をたどり6年生では最下位を争っていたと思います。5年生6年生の担任の先生は持ち上がりで中年の女の先生でした。6年生ではほぼ毎日漢字の書き取りの試験があり60点を取らないと居残りになりました。当然私は毎日居残りを命ぜられひたすら先生が帰られる6時頃までぼ ~ としているだけでした。たまにはみんなと一緒に遊びたくて脱走をしましたが翌日はこっぴどく叱られた事が頭に焼き付いています。当時、世は「安保闘争」が激化していました。ある日先生は「この闘争はどうしても大切な事だ」と言われ午後の授業がカットされデモに行かれました。私は胸がワクワクし今日は思い切って遊べるぞ、毎日デモに行って欲しいと本気で思ったものです。一時間一時間の授業で何か新しい自分を見つけるといったことは全くなかった学校生活でした。
 中学生になりちょっとは勉強せねばと思い、父にに家庭教師をつけて欲しいと訴えました。裕福でない家庭でしたが父は知り合いから金沢大学の2年生の学生さんを連れてきてくれました。その先生からは英語、数学の他色々な事を教わりました。生まれて初めての喫茶店、ボーリング、アイススケートに連れて行って下さいました。2年生の時、斎藤喜博の「可能性に生きる」という本をプレゼントされそれを読み終わった時、こんな先生に教わっていたらちゃんと勉強していたのに・・・率直な感想でした。先生はテスト屋ではなく、授業の中で思考力を高めたり、創造力をつけるなどの感覚をみがいたり共同して考える力を養うことが大切と書かれていました。ただテストをしたり宿題を出したりして子どもを叱咤激励を基本とする仕事では子どもは成長しないと私も思ったものです。


雪の朝の始まり

2017年12月06日

 今年初めての積雪の朝を迎えました。浪人をしている時、積雪を迎え街を歩くとクリスマスソングが流れ、「もうすぐ年が明ける、入試だ」と焦ったものです。
 早朝登校すると、高校3年生のM君が灯油缶を持って各教室の灯油を補給していました。また前の学校で同期で教師になったT先生が2階のトイレを掃除されていました。さらに若手のK先生が登校され1階のトイレを掃除され、さらに高校2年生のN君が校内のゴミを集めを始め、そして高校3年生のH君が手洗い場、トイレの消毒液を交換をし始めました。私は各トイレのペーパーの補充と3階の一か所のトイレの清掃を始めたら高校2生のN・M 君が3階のもう一か所のトイレの清掃に取り掛かってくれました。さらにに若手のY先生登校され廊下、階段を清掃され始めました。
 9月に私が入院して以来、この様な早朝の様子が続いております。先生方も入れ替わり清掃を続けられていますが、生徒もひとり増えまたひとり増え、輪が広まっています。なんと素晴らしい学園へと一歩・一歩進んでいるものかと、目頭が熱くなるのを感じているこの頃です。


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